ミネの村を出てから暫く歩くと、森の入口に辿り着いた。
ここを歩き続ければ、ジュビリアムの街に着くことができる。
しかし、入口から見る限りでも中は薄暗く、鬱蒼としており、迷わずに森を出られる気がしなかった。
「ここを、通るんですか……?」
「……うん」
「おい、さすがに無理があるんじゃねえか……?」
「うん……」
さすがのアレンも表情が凍り付いている。
……果たして、このまま進んで良いものか。
正直、三人とも自信が無かった。
「……行こう」
「!」
「お兄ちゃん……!?」
言い出したのはジークだった。
「こんな所でモタモタしていても何にもならないだろ?」
「そ、そうだけど、本当に大丈夫なの……?」
「それは俺にも分からん」
「分からんって……」
思わずカノンは呆れたような表情をする。
しかしアレンは、ジークの判断は正しいと感じた。
このままここで立ち止まっていても仕方がない。
進まないと、何も変わらない。
「僕も、ジークの意見に賛成かな」
「勇者様まで!」
「アレン……」
「ここで立ち止まっていても、何にもならないからね。行くしかないよ」
「……それもそうです、ね。行くしかないなら、行きましょうか」
不安気ではあるが、カノンも渋々同意する。
実際、行かなきゃいけないのは、頭では分かっていたからだ。
ただ、ちょっと……いや、とっても……いやいや、物凄く、心配なだけ。
……だけ。
「よし、じゃあ行くぞ!」
「うん!」
「うー……」
森へ歩き出す三人。
……三人は気付けなかった。
すぐそばに、森を迂回する道の立札があったことに。
森の中は日の光があまり入らず暗い。
背の高い木々が枝を大きく広げて日の光を遮っているからだ。
故に、ひんやりとした空気に満たされ、少し肌寒いくらいだった。
「わあ……涼しいですね」
木々を見上げながらカノンが言う。
「うん、気持ちいいね」
「空気が美味しいって、こういうことを言うんだろうな」
アレンとジークも息を大きく吸い込み笑う。
しかし、笑っていられるのも最初だけだった。
暫く楽しげに話したりしながら進む三人だったが、進むにつれだんだん口数が少なくなっていく。
進んでいるのか、そうでないのか。
分からなくなる程に変わらない風景。
グニャリとぬかるみになっていたり木の根が張っていたりと足場の悪い道。
そして、何よりの脅威は、時折遭遇する魔物だ。
決して強いわけではないが、地の利はヤツらの方にある。
三人は苦戦しつつ、何度も戦闘に勝利し進む。
しかし、確実に体力を削られていく。
傷ができればカノンの治癒魔法で治すが、彼女の魔力にも限界はある。
魔力が切れれば魔法は使えない。
聖水で回復できるが、それもいつかは尽きる。
魔力を使っているのはカノンだけではない。
アレンも、風魔法を使用して魔力を消費している。
少しでも魔力や道具は消費したくなかった。
「どこまで続いてるんでしょう、この森……もう、辛いです……」
カノンがぽつりと弱音を漏らす。
アレンとジークは励まそうとするが、疲労でもう喋るのも辛かった。
こんな所で立ち止まるわけにもいかない。
かと言って、このまま進むのも苦しい。
しかし、振り返っても、もう入口は遥か先。
……もう、どうにもならなかった。
最早、何も考えずにひたすら進むことしか、三人にはできなかった。
ハァハァと苦しそうに喘ぎながらひたすら歩く。
遭難寸前。
絶望的な状況。
そんな時、希望の光を見つけたのはアレンだった。
「……ね、ねえ。あそこ……何か、光ってないかい?」
「えっ?」
「光って……ますか?」
「うん。……こっち」
アレンはそう言うとフラリと道から逸れて何かに導かれるように歩いて行く。
「あ、アレン?」
「勇者様?」
真っ直ぐに視線の方向へと歩いて行くアレン。
ジークとカノンも困惑気味だがアレンに着いて行く。
暫く歩くと、森が開け、大きな川に出た。
日の光を浴びて、水面がキラキラと光る。
美しい水の流れの中を、魚達が元気良く泳ぎ回っている。
暗い森の中を歩いていた三人は、その眩しさに思わず目を細める。
そして、目が慣れたその瞬間、
「水だぁ!!!」
「やったー!!」
ジークとカノン達兄妹は川に向かって走り出す。
そんな元気、まだ残ってたんだと苦笑しながらアレンも川に歩み寄る。
そんな風に笑えるのも、心に余裕ができたからであった。
兄妹は、ブーツを脱ぎ捨て川にバシャバシャと入っていく。
アレンはそっと両手で水を掬い上げ顔を洗う。
水は命の源とよく言うが、三人はそれを深く理解した。
冷たい水が疲れ切った体に沁みる。
水は体と同時に心をも癒していくのだった。
川を見つけて休んでいるうちに、日が暮れようとしていた。
夜の方が力が強くなる魔物も多い。
変に動くより、ここで野宿する方が賢明だろう。
「えー、野宿? ベッドで寝れないのー?」
アレンもジークも野宿で納得していたが、カノンだけは不満そうに頬を膨らませた。
「カノン、我儘言うな。どっちにしろ、今日次の街に着くのは無理だ」
ジークはやれやれとでも言いたそうにカノンを諌めようとする。
「そうだけど……」
「まあまあ。ちょっとしたキャンプみたいで楽しそうじゃないかい?」
ムスッとするカノンに、アレンも説得に当たる。
しかし、アレンはカノンの我儘に困っているようには見えなかった。
「……勇者様、なんだか楽しそうですね?」
「え? だって楽しそうじゃない? 野宿」
ジークはそのやり取りに思わず頭を抱える。
我儘な妹に、色々な意味でマイペースな勇者。
「こんなのでこれから先、大丈夫なのか……?」
ジークは心配を隠せなかった。
「夜は順番に起きて見張りをするぞ。いつ魔物が現れるとも分からないしな。三時間ずつで交代にするか」
「うん、そうだね」
「分かったー」
日もすっかり落ち、もう夜。
火を起こし、川で取った魚と少しのパンで夕飯を済ませる。
そして、そろそろ寝る時間。
三人はカノンが持ってきたカードで簡単なゲームをして見張りの順番を決めた。
「よし、私の勝ち!」
「カノンが優勝か……アレン相変わらずこれ弱いな?」
「う、うぅ……」
カードを見つめながら、眉間に皺を寄せるアレン。
どうやったら勝てるのか、さっぱり分からない。
「じゃあ、私一番最後が良いです!」
「じゃあ、俺は一番最初」
「僕は二番目だね? 分かった。」
順番も決まり、アレンとカノンは横になる。
「おやすみなさい、二人とも」
「おやすみ。見張りよろしくね、ジーク」
「ああ、おやすみ。三時間経ったらアレンは起こすからな」
「はーい」
二人もすっかり寝入り、川の流れと焚火の音だけが聞こえる。
そんな静けさの中、ジークは揺れる炎を見つめ考えていた。
やっぱり、アレンに勇者なんて無理じゃないのか?
アイツは生まれつき病弱で、幼い頃は家から出ることもなかなかできなかった。
今は訓練の成果もあり、体力も付いて普通に過ごせているが……。
それに、力だって、自分の方が強い。
ミネの村での作戦だって、俺が考え、俺が魔物を倒した。
……俺の方が、
「ジーク?」
「!?」
突然の声に驚き、顔を上げる。
見ると、眠っていた筈のアレンが、心配そうにこちらを見つめていた。
「大丈夫? 表情が険しかったから……」
「あ、ああ……大丈夫。ごめん、心配かけて」
「うぅん。……何かあったら、相談してね。一人で抱え込んじゃ駄目だよ?」
「……ああ、ありがとう」
お前に言えるわけないだろう。
その言葉を飲み込み、ジークは笑いかけた。
「うん。……そろそろ三時間だろう? 代わるよ」
「え?」
ジークは唖然とする。
そんなに、時間が経っていたのか。
……あんなことを考えているうちに。
「あ、あー。うん……あと、よろしくな」
「? うん」
驚いたのを隠すように、ジークは横になる。
……変なこと考えるのは本当にやめよう。
大切な、仲間なんだから。
……俺の、大切な……
疲れからか、ジークはすぐに眠りに就いた。
「勇者様ー! お兄ちゃーん! あっさでっすよー!! 起きましょうー!!」
カノンの声が響き渡る。
アレンとジークが目を覚ますともうすっかり朝だった。
小鳥のさえずりが聴こえ、気持ちの良い爽やかな空気が漂っている。
眠そうに目を擦るアレンとジークに対し、三時間程前から起きていたカノンはピンピンしている。
独りで退屈だったのだろう、川辺の石を重ねて遊んでいた形跡が残っていた。
「ほらー、いつまで寝惚けてるんですか! 顔洗ってきてください!」
「はーい……」
やはり眠そうな顔をしながら、アレンとジークは川で顔を洗う。
川の水はとても冷たく、すぐに二人の眠気を覚ましてくれた。
「……はあ、目ぇ覚めた!」
「うん……!」
早速三人は出発の用意を始める。
そしてすぐに出発する。
今日こそは次の街、ジュビリアムの街に到着したいからだ。
「さて、行こう!」
「ああ」
「はいっ!」
三人は、元気良く森の中を歩き出した。
しっかり眠って体力も回復した三人は、立ちはだかる魔物達も蹴散らして往く。
そして、歩き続けて昼過ぎ……
茂みの向こう側から光が漏れているのが見える。
「あ、出口!」
それを見てカノンが駆け出す。
茂みを掻き分けると、その近くに居た鳥達が驚いて逃げ出す。
鳥達が飛び立ったその先には、風の吹きぬける草原が広がっていた。
そして……
「あ、見えました!」
「え!」
「どれどれ……」
カノンの声にアレンが駆け出す。
ジークも、安堵からか声色が穏やかになっている。
「あれが次の街、ジュビリアムの街です!」
カノンが指差す先、大きな街が見える。
とうとう辿り着いた、ジュビリアムの街だった。